PEOPLE 離婚経験者が語る、いままでの経験と、これからの未来について。

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マツモトカズミ STATUS / 再婚 JOB / 映画監督

小泉チルドレンとして衆議院議員初当選。ドラッグストア「マツモトキヨシ」創業者の松本清氏を祖父に持ち、株式会社マツモトキヨシ取締役を経て本の執筆やテレビ、ラジオにて多数パーソナリティ等を行ってきた。「劇団マツモトカズミ」主宰者であり、映画「single mom 優しい家族。」(内山理名主演)監督もつとめる。その後一般社団法人シンプルライフ協会を設立、代表理事に就任。Google本社にて、Talks at Googleスピーカーとしても登壇。著書「代議士秘書は知っている」(KKベストセラーズ発行)など

– 様々な顔をお持ちの松本さんですが、ドラッグストア「マツモトキヨシ」創業者を祖父にもつ環境の中で、どんな幼少期を過ごされ、社会人に到るまでどんな経験をされてきたのか、お話を聞かせていただけますか?

中学生くらいまでは真面目でおとなしい子でした。それが中学時代にいとこからの強い影響もあって音楽に触れるようになったのです。KISSとかQueen、エアロスミス、いわゆる当時の王道から入り、自分でも楽器を弾こうと思いバンドを組んだりもしていました。自分でバンドをやるとなると洋楽ではなく、フォークソング、ニューミュージック、ちょうどサザンがデビューした頃ですね。当時メジャーだったかぐや姫だとかのコピーバンドを。その頃から勉強よりも音楽に時間をかけることが多くなって、高校はそれなりの学校へ進みましたけど、やはり音楽中心の生活でした。また高校時代、1年生のクリスマス時期に彼女ができて、結局その彼女とは7、8年お付き合いしました。自分の性格だと昔からこうだ!と思ったところに集中しちゃうところがあって、音楽と彼女だけ、という青春時代でした。

高校卒業後は音楽の学校に通うようになりましたが、自分の中では限界も感じました。自分よりも技術が高い人が集まる中でそう感じたのです。ちょうどその学校で出会った先生に、三宅純さんという音楽家がいて、多くのメジャーな映画音楽やコンポーザーとして世界的に有名な方なのですが、音楽を教わるというよりも、自宅に遊びに行かせてもらうようになるうちに、ワールドワイドな感覚や考え方などを教わることが多かったです。その頃は音楽だけじゃなくバイクや車にも興味が湧いていて、免許を取った時には高校時代からの彼女も短大に進んでいたので、送迎にも相当時間を費やしました(笑)。

– すごく素敵な青春時代を過ごしていたんですね!マツモトさんの家庭環境だと政治一家でもあるので、比較的厳しい環境で育たれたのかなと思っていました(笑)。

確かに父は県会議員から国会議員へ、祖父は県会議員から市長へという政治一家でもあったので、例えば結婚式なんかも盛大にやるわけですよ。でも、結婚してからはなんとなく相手ともしっくり行かなくて、それはただ当事者だけの問題ではなく自分と相手の家族の問題でもあり、1年半ほど離婚について悩んでいました。こうした家庭環境だったので、離婚となると親父から色々言われるのかな、と戦々恐々としていたのですが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で相談すると、意外にあっさり「自分の人生だからいいんじゃない?」って。いったい自分はしばらく何を悩んでいたのかなって思えるくらいでした(笑)。そこで一気に離婚に向けて舵を切れました。

– その離婚についてですが、決め手になったのはどんな理由だったのですか?

考え方の不一致、といえばそれまでなのですが、当時はまだ若くて今よりもう少しトゲもあったし、そういうところでもぶつかり合ったし、束縛したくなったり、いろんなクエスチョンが自分の中に生まれてしまって。結婚式の時に誰を呼ぶ、呼ばないという話から始まり、双方の家を巻き込みながら少しずつズレていったという感じです。結婚した相手とは5、6年ほど付き合ってからの結婚だったのですが、結婚という状況になって「家」を巻き込むようになると、今まで付き合っている段階では見えてなかった部分が見えてくるというか、わかってくることも多くて。もしかして結婚式という行事がなければ上手くいっていたかもしれません。

– そうだったんですね。結婚という社会的な制度、この制度的な問題に対して何か感じることはありますか?

これは結婚に限った話じゃないと思いますが、アジア、特に日本では「形を決めたがる」傾向が強いと思うのです。決められた形から外れるとダメ、みたいなところがすごく強くて。それが良い意味で慣習としてきちんと周りが納得できように醸成されていればいいのですが、今は多様性の時代で、いろんな人を認め合わなきゃいけなくなっている時代において、必ずしもその形がみんなに当てはまるものじゃなくなってきていると思います。今までは形から外れると「それはダメなこと」という、すなわち「失敗」というハンコを押してしまう社会でしたが、そこに異議を訴える人たちも増えてきていると感じています。決めつけじゃない生き方、というのが、今取り組んでいるシンプルライフという考え方にも繋がっています。もちろん、日本の伝統、慣習として残すべきことも多くあるとも思います。良いところはしっかり残していかなきゃいけないですが、悪い慣習も多いのが現状です。これは多様性、新たな価値観という中で作り変えていく、ということもそろそろやっていくべきじゃないかなと。なかなか変えることができないのは、例えば法律を見ても廃案がなく積み上がっていくばかりで、法律による硬直化が起こっていると思います。でも法律も慣習も時代とともに見直されていかなければ、多様性を認められないし、人間も硬直化してき、生きづらい世の中になると思います。

– そうした話を聞くうちに、触れておきたいのが議員として取り組まれたキャリアですが、なぜ政治家になろうと思われたんですか?

もちろん政治一家で育ったという家庭環境もあります。でも若い頃は政治家なんてむしろ絶対ならない、とも思っていました。政治家の息子だから、またマツモトキヨシの孫だからいいだろうと思われると思うのですが、良いこともあれば、当然ストレスになることもありました。ただ歳を重ねていく中で、父親の秘書も経験し、身近な場所から政治に触れると人のリレーションなどが見えてくる新しい視点も多く、社会においても何がダメなのか、何が問題なのかが具体的に見えてくるようになったのです。そこでどうにかできないかなという思いも強くなり、自分でもその舞台に上がろうと思ったのがきっかけです。そこで衆議院議員として1期経験しましたが、その後自分の秘書による不祥事が起こったことで、その責任を取る形で辞職しました。その時にも色々なドラマがありましたが、多くの政治家は責任を取らないことが多く、その時に政治家として、人として責任を取ることの大切さを考えました。以降無所属などで出馬しましたが、なかなか再起を期することは難しかったですね。一度レッテルを貼られてしまうと、それを覆すことの厳しさを目の当たりに実感しました。ただ、こうして政治の世界を見ることができた経験は、今思えばすごく良かったかなと思います。政治家になって勘違いする人たちもたくさんいます。昨日までは普通の人でも、バッジをつけた瞬間から先生と呼ばれ、待遇も変わり、一般人の世界から乖離した環境が与えられる中で、市民との目線が変わってしまいます。それだけでなく、その特権を失いたくない、ポジションに固執する気持ちも生まれて、元々持っていた初志が忘れられがちです。それに加え、アメリカでは個々の議員の発言、意思決定プロセスが独立していて、日本のように党議拘束が緩いので自己の政策主張もしやすいですが、日本の場合は自分の意思とは別に、党として動くため、議員の資質が活かされないと言う課題もありますね。特に今の世の中って人が複雑化しているので、より現場に近いところで人を見ていないと、本質的な課題にも気づかないのでないかと思います。

– もう一つ、経歴の中でタレント、メディア活動もかなり実施されてきていますね。

実は自分ではタレントをしていた、と言う意識はあまりないのです。特にラジオはパーソナリティをやるまではそんなに聞いたこともなく、人じゃなくマイクに向かって話す、ということに違和感を感じていました。後に取り組む劇団、舞台もですが、ラジオやテレビでの活動も、実は最初はやりたくないと思っていたことでもあったのです(笑)。いやいやながらに始めたラジオは、テレビと比べて比較的本音を話せるメディアでもあったし、ラジオはぶっちゃけられるので、すごく面白いなと感じるようになりました。

– その後劇団を立ち上げられ、映画も製作されていますが、この時はどんな思いで取り組まれていたんですか?

昔から映画は大好きで、音楽少年でもありながらも、映画少年でもあったのです。小学1年生の頃におじさんの家で観たサウンドオブミュージックなんかは何千回と観たくらいです。そんな映画に比べて、舞台にはなかなか感情移入できなかったのですが、どうしても観たい女優さんが普段はテレビにしか出ない中で舞台に出る、ということでその女優見たさで行った舞台自体が本当に面白くて、今まで思っていた感覚と違い一気に引き込まれました。

– ちなみにその女優さんって誰なんですか?

宮崎あおいさんです(笑)。天使のような存在感、笑えば打ち砕かれるような癒しの存在。彼女観たさに行った芝居なのに舞台全体が面白くて、そこから1年で100本ほど大小舞台を観に行くようになって、「自分でも芝居できるんじゃない!?」的な勘違いが生まれ、それで知人の役者に「劇団って簡単に作れるの?」って相談したところ、「簡単ですよー!」なんて答えが返ってきて、そこから自分で劇団を作ることになったのです(笑)。最初は何もわからなくて、そこら中でぶつかる日々でした。特にキャスティングで、舞台を通じて若い人たちのチャンスになればと言う思いもあったので、役者さんの卵たちを集めてオーディションしましたが、事務所や役者さんとのやり取りは今までの慣習とは違い、どう動かせばいいのかを模索する日々でした。今まで経験してこなかった経験を求められる領域でもあり、正直カルチャーギャップを感じ、エネルギーをかなり消耗しました。そんな中で、先ずは脚本の原案を考え、どういう構成でどんなロジックで、というように構成を作り、演出もしながら舞台を作っていきましたが、舞台って毎回お祭りみたいなもので、毎回すごくエネルギーも使うのです。毎回終わるたびに「もう無理だ」って思うのですが、それでもまた作りたくなって(笑)。

映画については、シングルマザーを支援している団体の方々との交流がきっかけで、ある舞台でシングルマザーが関わるシーンがあったので、その団体の皆様の中からお子さんを含めた20組くらいを舞台に招待したのです。その舞台が終わって、そろそろ映像もやりたいなと思っていた時期なので、この際シングルマザーをテーマに深掘りし、映画化したくなったのです。その団体、団体から紹介を受けた方々から取材の協力もいただいて「single mom 優しい家族。」の製作に繋がりました。主演の内山理名さんも、シナリオで共感いただき参加してもらえることになりました。映画を通じて伝えていきたかったのは、舞台よりも発信力がスケールされ、より多くの人に、多くの場所で観ていただけるということと、映画として残すことで、映画史というところにその記録が刻まれます。そうしてきちんとこのシングルマザーについてのテーマを残していきたいという思いもありました。シングルマザーになっていく、というシチュエーションは誰にでも起こりうるテーマであって、社会全体として「明日は我が身」という当事者意識を共有する視点で理解していかないといけないとも思います。現実にシングルマザーの方々に起こっている問題と社会の理解にギャップがあり、それがあるほど、シングルマザーの方々は社会に取り残されてしまう。そこにコンプレックスが生まれる。自立していこうと思ってもそのきっかけがつかめないという人が大半だと思うのです。それはシングルマザーだけではなく、社会課題化されている全ての事に言えるのではないでしょうか。

– 私たちも離婚経験者限定のマッチングサービス「remarry(リマリー)」を運営していますが、基本有料サービスとしていることに対して、シングルマザーの方の中からは無料で提供してほしい、というボランティア的な要望を受けることもあります。

その点を考えると、日本の構造として、社会貢献を含めたボランティア活動ってタダでやらなきゃいけない、というようなコンセンサスを社会全体が空気として持っています。もうそろそろそこから抜け出して、ソーシャルエンタープライズだとかソーシャルビジネスという領域を構築すべきだと思います。そうしないと継続的な社会の課題解決って難しいですよね。例えばイギリスでは日本よりも先行して、ソーシャルエンタープライズという概念で動いています。例えば有名な料理家であるジェイミー・オリバーは、ホームレス支援として営業時間の終了したレストランを活用してホームレスの方々を集めた就業支援を行なっています。そこから彼らがシェフとして生きていけるようになり、稼ぐ力を身につけています。社会課題は国、行政がやってくれるだろうという意識の部分を変えないといけない。国や行政ではマインドという領域は分からないだろうし、もっとスピーディーに動くという面でも、ソーシャルな課題はビジネスで解決していくしかないと思います。そこに対して、例えばそのアプリに辿り着くことが難しいのであれば、そこを国や行政がアクセス支援すればいいと思うのです。社会を良くしたいと思って活動している人達を支援するのが国や行政であって、そうした取り組みを全てボランティアで、タダでやらなきゃいけないというのは、持続性を考えても難しいのです。だからソーシャルな課題解決に動こうとするNPOのみなさんも疲弊してしまうし、継続できなくなってしまいます。このままでは日本がダメになってしまう。ボランティアに携わる人たちにも生活がある。ここを理解できるマインドにみんなが変えていかないと、ソーシャルな課題解決に取り組み人たちがいなくなってしまいます。マインドとしては善の気持ちで取り組んでいる人たちが疲れ切ってしまうのは、誰にとっても良くないですね。例えばイギリスではチャリティーショップが流行っていて、タダで持ち寄られてきた服などを販売します。日本ではメルカリですが(笑)。もともとタダの服なので、売れば利益だけが残って、そこから従業員の人件費やかかる経費を差し引いた分をその団体の活動に使いましょうという仕組みです。取り組む人が疲れない、持続できる、最近で言えばサステナブルな環境を作らなくてはいけないのです。

– 以前マツモトさんの講演を聞かせていただいた時にお話しされていた「比べ合わない生き方」は、私たちもとても共感しています。remarry(リマリー)には多くの離婚経験者の方がいて、他の人と比べて不安になってしまう、という方も少なくないと思うんです。マツモトさんの考える「比べ合わない生き方」について教えてもらえますか?

シンプルライフ協会として活動する中で、タイニーハウスの取り組みなどを含め、全国で講演する機会が多いのですが、北海道のニセコ町で話をしている時に、年収300万円で大家族の環境でも毎日楽しく生活しているアーティストの方がいました。ニセコは最近バブって潤っているようにも見えますが、実際地元の方々はすごく質素な生活をしていて、民度だけでなく文化度も高く、人との繋がり、そしてそのロケーションにある自然も楽しみながら、食べるものも仲間内で分け合い、シンプルでありながら生きやすい生活を楽しんでいるのです。つまり、比べてしまうというのは、その中にコミュニケーションが無いのだと思います。コミュニケーションが無いから自分の中にしか判断できるものがなくて、ついつい妄想したり比べてしまいます。でもコミュニケーションさえあれば、比べる対象もリアルになるし、相手の現状もわかるから共感できるようになります。相手や周りを判断できるようになるから、比べなくても済むのです。もっと言えば、比べる必要がなくなる。隣りの人が「美しい」と思っていれば自分もそう思ってしまう、つまり自分に価値観がないから。良い感じに見えている他人の姿だけを見てしまうと、人はコンプレックスを感じてしまう。だから自分もついつい無理をしてしまう。

– SNSが顕著な例かもしれませんね。

今は子供達もその渦の中にいるから、気をつけていかないと人間のコミュニケーション能力が違った方向に作用していくようになってしまいます。例えば大手のメディアニュースなんかだとコメントも投稿できるので、そこで例えば「いいね」が1万人集まれば自分がオピニオンリーダーだと勘違いしちゃいます。すると、その後も「いいね」が欲しくてどんどん過激化していくのだと思います。世の中への不平不満もたまっているので、それを代弁しているような見せ方を考えてしまったり。でも実はおとなしい人だったり。だから尚更、自分らしく生きることを見つめ直すことは大切なことだと思います。最近よく、子供の頃、横断歩道を渡る時はどうしていましたか?と聞いています。大体「手を上げて渡っていました」と皆さん答えるのですが、これ、欧米では無い文化で、日本人は小さな頃から無意識に皆と同じじゃなきゃ、みたいな感覚が刷り込まれているのです。こうした事例が人生の中で積み上げられていくと、無意識の中で「同じじゃなきゃいけない」という感情が正しいことのように感じてしまいます。

– そんな中で、多彩なメンバーでシンプルライフ協会を立ち上げられていますが、その取り組みの中で注力されている「タイニーハウスプロジェクト(※)」は本当にワクワクします。

そうですね、移動式住居のタイニーハウスは、車と同じくらい、もしかするとそれよりも安く手に入れることができて、自分の思う場所で自由に暮らすことができる、すごく可能性を秘めたモビリティーです。実際、本当に生活できるのか旭川駅前でマイナス20度の中、実証実験をしました。タイニーハウス内ではヒーターを19度のエコモードで快適に夜も過ごせて、実は環境にも優しいということが実証され、詰まるところはSDGsにも寄与している。また、朝起きてカーテンを開けると、通勤するサラリーマンたちがすぐ近くを歩いているという非日常感も味わえました(笑)。これは面白いなと。人生観を変えるというのは真面目な部分も必要ですが、楽しい部分があればもっと変わりやすいと思うのです。タイニーハウスという選択ができれば、人生はもっと軽くなりますよ、という提案です。ローンに縛られて不安を抱えたまま生きていくのか、タイニーハウスという身軽な人生を選択するのか。7,000万円のマンションを35年のローンでどうですか、というのが都市部において、これまで人々が受けてきた豊かな生活を象徴する提案でした。これに乗れないと、「ちょっと外れたかな」という価値観を感じてしまっていたかもしれませんが、これが人々を疲れさせているのだと思います。

– タイニーハウスのような選択肢の認知が広がると、「カッコよさ」が変わってくるんじゃないかと思います。

そこなのです。今までだと、例えばいい車に乗ることがカッコいいだとか、いい洋服を着ることがカッコいいだとか明確な基準があったと思うのですが、明確が故に皆が引きずり込まれやすいという一面もあります。でも今の若い人達は経済的にもそれは「できない」ということに気がついている。無理なことをしないことが逆にカッコいいことだと感じられたり、その一つがアドレスホッパーだったり、いろんな生き方が出はじめています。そしてこうしたところに若い価値観が走り出すと、お金がなくても楽しい、という生き方の認知が広がっていきます。明らかに自分たち世代のカッコよさとは変わってきていて、「無理をしないカッコよさ」というものが加速度的に広がってきていると思います。逆をいうと、SNS等で無理をしている人たちも、実はギリギリの環境で自分をすり減らしていることに気付き始めているような気がします。その時に選択肢があるかないかで人生は大きく変わると思います。でも今まではみんなと同じ、という縛られた価値観の中で選択肢がなかったので大変でしたが、時代が変わろうとしている今からは、「比べなくてもいい」と気づいた人から救われていくのかもしれません。

– 私たちの世代は、「この車が人気だ」「こういうマンションがいい」といったステレオタイプな価値観を良しとしてきたところはありますが、反面それによって経済的成長にも繋がっていました。新たな価値観だと、無理をしない、自然なライフスタイルという選択肢によって人生が楽になりそうな反面、経済的な発展についてはどう考えるべきですか?

今までは重工産業を含め、物を作って輸出して潤ってきた時代です。でも今はそこまで車も売れていない。かつてから比べても車の売れ行きは4割減にもなっています。先ずそういう時代に突入していることを理解しなきゃいけません。一方で社会課題は山積みになっていて、そこに税金を投入しなければならないという状況があります。このままでいけば間違いなく経済のパイは小さくなっていきますが、社会保障費はどんどん増え続けていきます。このアンバランスがどんどん肥大化していくのが今後の課題でもありますが、社会の課題解決に関しては市場がどんどん大きくなっていくと思います。だからここにしっかりと、サービスとしてのビジネスが、みんながハッピーになれるようなモデルが根付いていくことが必要で、まさに産業の転換が求められているし、始まろうとしていると思います。

– 先ほどのイギリスの事例などはまさにそうですね。産業革命もイギリスからで、ソーシャルビジネスとしてもイギリスをはじめ欧米は先行していて、欧米の力はすごいですね。

だから、転換しなきゃいけないのです。高齢化社会になる中でサービスを必要とする人たちは増えています。しかし供給する方が足りていません。単なるものづくりから、つくられた物を活かしてサービスに置き換える、そうしたサービスを必要としている社会課題を明確にしていくことからはじめないといけないと思います。今まではボランティアが当たり前、無料、フリーが当然という空気感の中で進んできた領域に対して、意識を変えていくことが重要です。日本人は乗っかりたい症候群が多いので、認知が広がればそれが当たり前になると思います。また、みんなと同じが良い、という心理的な欲求が強い性質を感じますので、ソーシャルサービスに対しても当たり前では無いのだという空気を作っていくことが先ずは大切なことですね。ただサービスが有料化されることでの不公平感は出てくるので、そこに行政や政治がどう関わるかが大事になっていきます。

– 多様化するライフスタイル、働き方、ジェンダーフリー、SNSの普及など、この10年で社会は大きく変わりました。そして3組に1組が離婚する時代、remarry(リマリー)では数多くの離婚経験者の方々が集まっています。こうした環境の中で、「結婚のあり方」についても何かアドバイスがあれば教えてください。

もっとラクでいいんじゃないかと思います。そんなに理詰めじゃなくても、夫婦ってこうあるべきとか、こうなきゃいけないとか、そうした価値観を少しラクに捉えた方がいいと思うのです。共通するところですが「比べない」ということです。親が比べることをやめないと、それは必ず子供にも伝染します。親が比べないという姿勢でいれば、子供は意外とのびのびと成長することができます。結局クリエイトする社会、人材には、いかに無いところ、つまり0から1を生み出すかという想像力や妄想力が必要で、子供がそこを放棄する環境だとやはりクリエイティビティは生まれません。お互い緩さ、ゆとりがあった方が、夫婦間でぶつかることも少なくなると思います。それができない根本的な問題は、自分に自信がない、ということかもしれません。良くも悪くも自分らしい生き方ができる人は、自分のままでいられる。巻き込まれた人はたまんないってこともあるかもしれませんが(笑)、自分らしいペースで共感し合えればお互いハッピーでいられます。その空気感の中でコミュニケーションができればうまくいくと思います。その家独自の空気感、価値観があれば、つまるところみんなそれぞれ幸せに、能力も生かしていける気がします。他人を認め合う、ということができた瞬間、自分もラクになります。常に他人を認めないメンタルを作っていると、自分の世界観ってそこで終わっちゃうんですね。それを180度変えるのは無理かもしれないけど、少しでも認め合えることができれば、世の中にとってもいいし、自分もラクになります。SDGsの根幹も認め合うこと。認め合えれば戦争も起こらないし、ジェンダー問題なども解決する。物も無駄にしない。数値目標だけで物事を解決しようとするとSDGsも失敗してしまいます。タイニーハウスを旭川で実証実験した時も、結果として15アンペアで生活できることを実感してもらえました。リビングは外、みたいな考え方になれば、むしろすごく健全な生活が送れます。比べない、認め合う、というマインドチェンジができるようになれば、人はラクな生き方を体感することになり、民度、文化度の高い生き方ができるようになると思います。

※タイニーハウスプロジェクト:アメリカ、ヨーロッパを中心にムーブメントが起きている移動できる家。この狭さの中に自分の居所を想像し、自分でデザインし、そして自分でも作れるのがタイニーハウスです。窓の外の風景が自分の好きな場所に着せ替えできるのです。(シンプルライフ協会webサイトから引用)

マツモトカズミ

映画監督/演出家/ソーシャルイノベーター・一般社団法人シンプルライフ協会代表理事

1965年2月27日生まれ、現在54歳。千葉県松戸市出身。2005年には衆議院議員総選挙にて小泉チルドレンの一人として初当選を果たす。ドラッグストア「マツモトキヨシ」創業者である松本清氏を祖父に持ち、株式会社マツモトキヨシ取締役を経て、本の執筆やテレビ、ラジオにて多数パーソナリティ等を行ってきた。2013年には自身の劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、舞台公演をプロデュースしている。長編映画の「single mom 優しい家族。」(内山理名主演)を監督、脚本、編集まで行い、ヒューマントラストシネマ有楽町等にて公開(http://singlemom.click)。YouTube Space Tokyoのリニューアルイベントでのパフォーマンス演出も担当。映画を通じた活動からSocial Enterpriseの考え方や新しい価値観での社会のあり方など、SDGsを通じて提案している。その一つとして「比べ合わない生き方」「失敗しても良いじゃない」を提案するために、北海道旭川市に一般社団法人シンプルライフ協会を設立し、代表理事に就任。またGoogle本社にて、Talks at Googleスピーカーとしても登壇している。

<メディア実績(一部)>

「平成日本のよふけ(2001年フジテレビ)」「イチハチ(2011年TBS)」「「杉山清貴と松本和巳のセイヤング21(2002年文化放送)」「和巳とまゆのハイパースマイル(2003年文化放送)」「マツカズ・千里のHawaiian Rainbow!(2007年ラジオ日本)」「Aloha Rainbow(2008年Bay FM)」

著書 「代議士秘書は知っている」(KKベストセラーズ発行)など

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